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2008年8月20日

朝、右手を伸ばし、その上に頭を乗せて眠っていた仙太郎。
右手を動かせなくなり、首にも力を入れられなくなっているようだった。

それでも薬もミルクも流動食は問題なく摂っていた。
野菜は果物と人参をスライスした物なら食べたけど、他の野菜(大好きなセロリや大葉など)は食べようとしなかった。
ペレットも食べなくなった。

お昼にはあげたミルクは美味しそうに飲んでいたけど、流動食は朝ほどには食べなかったので、もう少し時間をおいてからあげることにした。

夕方4時頃、少し前までは美味しそうに飲んでいたミルクを飲もうとしなくなった。
ちょっとだけ口の中に入れてみたけど、殆ど飲み込もうとしない。
流動食も、匂いは嗅いでみるものの舐めることすらしない。
たぶん舌を動かすことが辛くなってたんやと思う。

野菜なども食べず、大好きなリンゴのスライスさえ1枚(1円玉大)食べただけ。
その食べ方を見ていると、口の動かし方も噛み方も、飲み込み方も、全てがゆっくりだった。

病院の午後の診察時間は18時から。前に通っていた病院は今日は休診日なので、18時になるまで待ち、電話をした後すぐに連れて行った。
右手や首は足と同様に力が出ないから動かせなくなっているということだった。
体温や呼吸には問題なかったけど、胃が前回より張ってきてたのでレントゲンを撮った。

レントゲンの結果を見て色んな説明をしてもらった。
そして先生は、私に説明しながらも凄く悩んでいる様子だった。

レントゲンでは胃の中身までは映らないそうやけど、「胃に”白いもや”がかかっていることから、もしかしたら毛球症の可能性もあるかも」と。
ただ、胃はパンパンに張ってる訳ではなく、前回より少し張っている程度なので、「この状態でここまで食欲をなくすようになるか…。それにもし毛だったとしても、今の状態ではとても開腹手術は出来んし…」とも。

流動食の内容を聞かれたので答えると、「もしかすると毛ではなく、人参やペレットのカスが溜まって映ってるのかもしれんね」と言われた。
人参(の繊維質)やペレット(粉でも)は胃に残りやすいそうで、「今後はこれらを除けてからあげてみて」と教えてくれた。

流動食のあげ方について質問すると、「粉ミルクには色んな栄養分が含まれているし消化もいいので、自分から好んで食べにくるなら流動食もあげていいけど、そうでなければ無理に食べさせなくてもいい」とのことだった。

このあと点滴と食欲増進効果のある注射をし、新しい液体薬をもらった。
この際に、「1時間ほどして仙太郎君が落ち着いたら薬を飲ませて」と言われてたので、帰宅して20時半頃に飲ませてみた。

仙太郎は病院から帰ってきた時のまま、キャリーで寝かせていた。
寝ている仙太郎の口元にシリンジを持っていき、口と喉の動きを見ながら少しずつゆっくりと薬を入れていった。

でも舌を使って喉の奥に薬を送ることが出来ないので、どうしても薬が口からこぼれてしまう。
この姿勢ではやはり無理。そこで、教えて頂いたように仙太郎を仰向け抱っこして飲ませることにした。
仙太郎は体に力が入らないからグニャグニャなので慎重に、慎重に。
仰向けにさせながら首の下に手を入れて支えてあげ、首を垂直にして喉を開かせた状態で、再度薬を飲ませた。

今度も口や喉の動きを見ながらゆっくり。
仙太郎がゴックンと飲み込んだあとは喉を擦りながら少し様子を見、完全に飲み込んだようなら次の分を注入。
少しの量でも前みたいに1回では飲み込めないので、1回につき3回ゴックンする時があるから。

こうやって飲ませ続け、もうすぐで終わりそうになった頃、仙太郎が口を半開きにした。
((息苦しいのかもしれん))
喉を擦りながら、仙太郎の体を仰向けから元の体勢に戻した。
その後少しして、残りの薬を飲ませ、次に前回もらっていた薬を飲ませた。

2回目の注入で、仙太郎が急に口をカパッ!カパッ!カパッ!と開閉し始めた。
((どうした!?苦しい?どうした!?))
いま思えばこの時の私はパニックになっていたように思います。
どうしたらいいのかわからず、仙太郎を擦りながら励ましてました。

少しするとカパッ!カパッ!が止まったので、落ち着いたんやと少し安心した。
安心と同時に、何故か仙太郎の腹部を見た私。血の気が引きました。
呼吸している時のような動きがなかったから。

仙太郎は苦しいのがおさまったわけではなかった。
慌てて病院に電話し、すぐに連れていくことになった。

玄関で靴を履いている時、仙太郎の喉を押さえていた私の手に少量の薬が流れ落ちてきた。
お腹は動いていないようにも見えるし、動いているようにも見える。
車の中でも仙太郎のお腹を触っていたけど、私には微かに動いているように思えた。

病院に着くと先生がすぐに仙太郎を診てくれた。
聴診器をあてた先生は、「申し訳ない…」と。
手遅れだった。

電話でも病院でも、仙太郎が苦しんだ時の状況は説明した。
原因は薬の誤飲。飲み込む時に器官に入り込んでしまったんだろうということだった。

私が仙太郎を殺した。
ゆっくりと慎重に飲ませているつもりやったけど、飲ませないかんって気持ちが先走ってたのかもしれん。
小さな頃から色んな病気をして、それでも毎回頑張ってきた仙太郎。
今回はきっと今までで一番しんどくて苦しい思いをしよったはずやのに、一生懸命に頑張りよった仙太郎。
そんな仙太郎を、最後の最後に私が一番苦しめた。
悔やんでも悔やみきれない。いくら謝っても謝っても、仙太郎はもう帰ってはこない。
「自分を責めたらいかん」と言われても…。

このあと先生は「食欲や胃のこと云々はおいといても、この痩せ方は異常過ぎた。今までに食欲があっても痩せてきてたということは、すい臓かどっかに腫瘍があったのかもしれん」と言った。
これは前の病院でも言われていたことだった。
仙太郎はやはり癌だったんやろうか。

去年の夏、初めて仙太郎が痩せ出した時に癌の可能性について知ってれば…
もっと早く検査をしてあげていれば…

誤飲の一件がなくても、仙太郎はもう長くなかったのかもしれない。
今回の衰弱の速さは、今までのそれとは比べ物にならないほど凄まじかった。
一緒にいて励ましながらも、度々「もうダメかもしれん」という思いが頭をかすめた。

それでも私がミスしなければ、仙太郎は1日だけかもしれんけど長生きできたのに。
ただ一つの救いは、仙太郎が息を引き取った後、苦しんだ顔や姿ではなく、まるで眠っているかのような顔をしていたことだった。

これが仙太郎が生きていた最後の日の出来事です。

仙ちゃんは本当に優しい子やね。
こんなダメな私にいつも優しくしてくれる。
最後の最後まで、いっぱいありがとう。

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